45歳独身女の独白

「ブログを書く時間がない」という理由で会社を辞めた45歳独身女の独り言

アングラ喫茶巡礼〜神田・神保町〜

ときめきの”アングラ”

11:30。神保町。

決してさぼるのではない。

れっきとしたランチタイムだ。

 

東京堂書店でIさんに会う。

電話でアポイントを取った時から思っていたが、なんてノリのいい人なのだろう。

 

考えてもみてほしい。

 

見ず知らずの、聞いたこともない出版社の女が、突然電話をかけてきて、会いたいと言ったら翌日会ってくれることになり、当日挨拶するなり、伏し目がちながらも親身に話を聞いてくれて、どちらかというと不得意とするジャンルの本を店頭に並べてくれるというのだ。

 

こんな伏し目がちな挑戦者は、藤井聡太九段以来である。もちろん藤井聡太九段がわたしに直接挑んできたことはない。

 

本屋の店内であるため、わたしは小声でIさんに謝意を伝えて東京堂書店を後にした。

 

初対面ながら初受注。やや小躍りしながら向かったのが1955年創業「さぼうる」である。

昭和・平成・令和の歴史を刻む老舗喫茶

屋根を模したのだろうか、断面が丸い薪のようなものを幾つも積み重ねて安達太良山を描いたようなファザード、波打つ軒下にはひときわ目を引く赤電話。

 

魔除けのような彫刻が施された木柱と木製の梟が並んで通行人、来店客、そして街の、時代の移ろいを見守っている。

 

店内は期待を裏切らないアンダーグラウンド感。地上なのに地下な感じ。外はもう9月も半ばを過ぎようとしているのにそれに抗うかのような晩夏の陽射しが照りつける中、店内はその太陽光を遮断しようという意思すら感じさせる程に所狭しと様々な調度品が並び、極度に明るさが抑えられている。

さぼうる神社?祭壇が気になる

忌野清志郎と思われるシャウトが低音で響き渡る。

 

入るとすぐ地下へ向かう階段と、中2階へ向かう階段がある。

 

わたしはこの、喫茶店内にある階段というものが好きで、なにか画一的ではない感じというか、一つの限られた空間を最大限に活かしていかようにも楽しんでやろうとする企て•試みに特別な趣を感じ、まるで公園に滑り台を見つけた子どものようなときめきを覚える。

ビーズの簾。むかし実家の玄関にあった

 

そんな、ときめきの階段を中2階へと進む。

嗜みと慎み

ピザトースト(大)とコーヒーを注文する。

ピザトーストに(並)と(大)があるのをはじめて見た。

 

チーズ好きである故に、迷うことなくピザトースト(大)を選ぶ。

 

ピザトースト(大)とコーヒーが来るのを待つあいだにPCを広げようと思ったが気が失せた。

 

おおよそPCをカタカタいわせるのが似合わない空間である。ここでPCのブルーライトを浴びるのは愚の骨頂、ぼんやりと虚空を眺めながら空間に身を委ねるのが慎み深い態度であり、店への礼節であるような気がした。

 

思えばその存在を気にしながらも、なぜか一度も足を運んだことがなかった「さぼうる」。

 

学生と思われる若い女性客が意外といる。

 

光が差しこむ、明るい、小洒落たカフェだけが今、求められているわけではなく、「さぼうる」のような、ひと足店内に踏み入れただけで不思議な倒錯を引き起こす、薄暗がりで非日常の、唯一無二の世界にいざなってくれるような喫茶店を、実は人はどの時代も求めているのかもしれない。

レンガ調の壁には年代物の”落書き”がある
魅惑のピザトースト(大)

ピザトースト(大)が運ばれてきた。

 

すでに融点に達している大量のチーズが厚切りトーストにのしかかっているさまは、いやが上にもチーズ好きのこころを躍らせる。

 

茶店ではこのようないわゆる「軽食」が絶品であることが多い。

 

軽い食と書いて軽くあなどれないのである。

立体感が嬉しいピザトースト(大)

ひと口齧るとブラウンマッシュルームとトースト・オニオンがうねるチーズの隙間からするり抜け、マッシュルームは皿、オニオンはスカートをバウンドし床に落ちた。オニオン片をそっと紙ナプキンに包んで救出する。

 

そんな躍動感もピザトーストを齧る楽しみの一つである。

 

引き続き店内は忌野らしき声がこの店の均衡を保っている。

 

わたしはチーズの風味がお口に残ったまま終わってもコーヒーがあるので全く問題なかったのだが、最後に運ばれてきたお口直しの(と店員は言った)柚子シャーベットのまるで仏蘭西理フルコース、そのメインディッシュの後を彷彿とさせるような演出が心憎いぞ、さぼうるよ。

フレンチのような心遣い

「さぼうる」とはスペイン語で「味」という意味だそうだ。

 

お後がよろしいその爽やかな甘みに、どんなに時代が変わろうとも地下に埋もれない「さぼうる」の心意気をみた。